はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

麻生発言「セクハラ罪(ざい)ない」

この見出しに(ざい)がないと、「セクハラ罪(つみ)ない」と読めて、麻生、またやったか!と思った。しかし、発言しているVTRを見ると、「セクハラざいっていう罪はない」と言っている。そりゃそうだろう。だが、セクハラをしたことで、名誉棄損罪や侮辱罪に問われる場合もあるのだから、やっぱりセクハラは罪だ。故にこの発言は、麻生(安倍政権)を下したい人たちにとって好材料となり、抗議活動が勃発している。「ME TOO」ならぬ「WITH YOU」だって。

 

個人的には「ME TOO」の経験もあるし、「WITH YOU」でありたいとも思うが、声高に叫ぶには後ろめたさがある。

少し話はそれるが、社会人となって働き始めたころ、40代の男性上司に仕事上の根回しをしていた時だったと思う、女性の先輩が机の上にあった上司の腕(手でなく腕ね)にそっと手を置いたのを見逃さなかった。そうか、こういう感じね。また、中堅社員になった頃、上司がある女性部長のことを、仕事のセンスもあるが酒席での気遣いがすばらしく、取引先に可愛がられる、とほめていた。なるほど。まるで私にそれがない、と暗に言われていたようだった。そこでも、そうか仕事ができるということは、そういうことも含めて言うのだと納得した。間違っていたかもしれないが、大なり小なり似たような状況で学習をしながら、ビジネスの現場=男社会で泳いてきた気がする。

 

2つの性があって(LGBTのことはまた改めて考えるにして)、人間は数を増やして繁栄してきた。生まれた時から、程度の差こそあれ周囲、常識、社会の中で、女性は女性らしさを、男性は男性らしさを求められて育てられると思う。そのせいで、女性は弱いもの、男性は強いもの、と双方の性で刷り込まれる。それがある限り体の奥に埋め込まれた刷り込みは消えることはないのではないかと思う。だからこそ学習が必要で、理性と学習能力を持っているヒトだからこそ、この状況をいつか打開できると思う。

 

さて、冒頭の麻生発言に戻るのだが、この発言は、財務省が福田前事務次官のセクハラ問題の調査を打ち切る、という発表に端を発している。本人が否定し続けているというのだから、これ以上省内で調査するのは難しいという判断とのこと。すでに財務省は彼のセクハラを認定して処分しているというのもある。疑惑を追及することについてテレ朝や世論は、落としどころをどこに設定しているのか、考えの浅い私にはわからない。うやむやにするのは良くないのもわかるが、財務省の権威失墜と福田前事務次官の受けた社会的制裁は十分(?)と言えないか。

”もりかけ”問題からいろいろ波及して、エリートと言われる官僚のトップクラスの人が何人も、“お勤め”の終盤で地獄に落ちた。そして、国会が空転した後、やっと通常に戻りつつある。

先日の南北首脳会談後、拉致被害者家族の横田夫妻の近況をテレビで見た。米朝会談も目前だ。国会でもっと議論し知恵を絞り、解決すべきことは山積していると思う。興味の矛先を煽動されることのないようにしたい。