はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

しゃべりすぎる男

私の身近な存在で、よくしゃべる男がいる。

気は優しく話す内容は他愛がない。意地悪な言い方をすると、弱いところがある甘ちゃんで、あまり中身のない話をするとも言う。

悪口を書くつもりはないが、彼と話していると、何ともモヤモヤとした負の感情が沸いてくることがある。それを彼の悪気のない、軽口のせいにするには短絡すぎて少し考えてみた。

そして、彼の話すことが自分も感じた負の感情だったり、あまり表に出すべきではない偽善的な考えだったりすることに気付いた。つまり、自分では認めたくない、自分の偽善や軽薄なところを、彼の口から直接聞くハメなることで、モヤモヤするのだ。そう思ったり感じたりする点で私も同じなのだ。ゆえに彼を弱い・甘いとか、軽薄とか言うことは、そっくりそのまま自分に返ってくる。うむ、それは認める。しかし、大人になった私はもう少しずる賢くそれを決して口に出したり、人に話したりしない。彼はそれを惜しげもなく提示する。

バカか、と思うが考えようによっては、私にとってそれは自分の弱さを映し出してくれる、薄くて美しい鏡なのではないか、そう思えてきた。

彼とはつかず離れずの関係だけに、こう考えることによって敬遠するのではなく今後も適度な距離で付き合えるというものだ。