大阪商人の心得は「始末」「才覚」「神信心」。
井川屋の番頭(塩見三省)が丁稚に教え込む、今でいうところの経営理念だろうか。特にこの「始末」という言葉が、”ケチ”とは違うと幾度となく語られる。
「始末」という言葉をWeblioの三省堂大辞林で見てみると
とあり、「銀二貫」では、②に努めながら①を果たすことが美学とされている気がした。
ドラマを見ているうちに。すっかりこの言葉の虜になっていたところへ、最近読んだ樹木希林の「一切なりゆき」という本でも、彼女が始末という言葉を使っていてーまさに上記の②①の通りにモノや物事に対処していた様子がうかがえたー
絶妙なタイミングで私の周りに”始末”という言葉があふれた。
そのものが必要に応じて作られ、役目を果たして終われるように使い切る、始まった事柄を納得がいくように終了させる。気持ちのいい、さっぱりとしたやり方だと思う。
主人公の松吉(林遣都)が長年思い続けた真帆(松岡茉優)と夫婦になると報告した際、すぐにでも祝言をと奨めた和助(津川雅彦)に対して、自分がこの寒天問屋に入るきっかけとなった仇討ち料、銀二貫を、もともとの使い道である天神さんに寄進してから、と凛々しく宣言した時にも「銀二貫の始末をしとうおます」と言った。20年近くに及ぶ長いことかっかった末の”始末”だ。この間、寒天問屋は二度にわたり銀二貫で人助けをする。しかし、彼らにすればそれは人助けだけにあらず。今でいうとことの”投資”だったのだ。
新しい寒天料理を試行錯誤するなか、松吉は真帆に「みんな寒天が繋いでくれているような気がする」と言ったが、いやいや、実はこの話、銀二貫が繋ぎ、紡いだ"ええ話"だったのだと思った。