はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

小市民の、"一矢報いたい"

先日の通勤電車の中での出来事だ。

ぎゅうぎゅうではないが、前後、隣の人と体の一部が触れる位の混み具合の中、私の隣の男性がちょっと腕が当たったのが嫌だったのか、大袈裟に腕をよけこちらを見た。こちらは当たったつもりもないが、たまにこういう自己空間を死守したい(たとえ通勤電車の中でも!)人がいるので、危険を察知して半歩その人から離れた。

しばらくすると、その人の背後、私の斜め後ろの女性が咳をしていて、どうもその拍子で男性にあたるのか、咳の度に男性が後ろを振り返りにらんでいる。

そのうち「いいかげんにしろ」みたいなことを女性に言ったのだ。さして当たっているとも思えないのに。咳が嫌なのかもしれない。しかし、彼女もマスクをしてる。女性は「すみません、」といいつつ、「混んでるんで」と言った。当たり前だ。彼女の非は全く感じられない。えらそうに睨む男の了見が狭すぎるのだ。そいつに対して、了見が狭すぎると言いたかったが、言えなかった。

 

次に電車を降りて改札に向かったのだが、考え事をしていて、他の人より歩みが一瞬遅かった、とたん後ろから突かれて、すれ違い様に振り向かれた。もちろん別のおじさんだったが、私が左手にスマホを持っていたから、歩きスマホで歩みが遅いと思ったのだろうか。しかし、突いて追い抜く必要があるのか?もし、本当に具合が悪くさっさっと歩けなかったとしたら、突いた拍子に転ぶ可能性だってある。例え急いでいたとしても、人を避けて勝手に急いで行って欲しい。行く手に障害があったら、避けるのではなく蹴散らすのか?

通勤ラッシュの駅で歩みを緩めた自分を棚に上げながらだが、なんか腹がたった。

 

その朝連続して身に起こった、"余裕のない、了見の狭い"男たちの行動。普段から人に迷惑がかからないように人混みをやり過ごしてきている小市民としては、きゃつらに一矢報いたいという思いが消えず、1日を過ごした。

この場合の一矢とは、気の利いた一言だ。私同様朝からのイヤな思いをしたであろう周囲も溜飲が下がり、言われた相手は多少の後悔と恥ずかしさを感じる程度の、短い、粋な一言ってなんだろう。その時思いつかず悔しい思いをしたわけだ。

 

その日の帰りのことだ。

買い物をして徒歩で帰宅している私の横を、自転車に乗った四角いシルエットの男が抜いて行った。見たことがある背中に向かい「待てい!」と呼び止めた。なんのことはない、夫である。

スーバーの荷物を持って歩く嫁がわからんのか?2、3回叫んでやっと止まった夫の自転車のかごに「これ、持って帰って。」と買い物袋を入れた。「どこのオバハンかと思った」と悪態つきつつフラフラと自転車は去っていった。重かったので助かった。

やあ!朝から念じていた一矢を放った気になった。可笑しいけど、なんと、矢は最愛の夫に放たれたのだった!そしてその一言は「待てい!」だった。

朝の男二人と夫には、性別とたぶんサラリーマンしか共通点はないのだけど、似たような出で立ちの対象に大声を放ったことで、朝からのモヤモヤが消えたのだから良しとしよう。

気の利いた言葉は、絶対「待てい!」ではないと思うけど。