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はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

新型コロナウイルス:社会の不安が増幅するの中で - 2

非常事態の日々が日常化してきた。

つらい、限界、運動不足!とボヤいていた時期は過ぎた人もいて(私はその一人)、皆さん、どうやってそれらの日常をうまくやり過ごそうかと、ささやかに、中には大胆に戦っている。

 

テレワークを開始してほぼ1か月。

腰痛は、腰痛対策のクッションをイスに敷くことでほぼ解決した。

肩こりは相変わらずだけれど、重石がのっかているような背中全体も含めた異様な凝りは、肩こり・背中専用のリンパストレッチをすることでずいぶん緩和された。

運動不足は、夕方30分程度の犬との散歩に加えて、ラジオ体操第1、第2を朝の10分くらいやることで、少しは運動している気分になっている。(もちろん十分ではないけれど。)

 

さて、このラジオ体操のピアノの曲を聞くたびに思い出す光景が2つある。

一つは、小学生の時の夏休み。

日本の小学生のほとんどがこの夏休みのラジオ体操に一度は参加したことがあるのではないかと思うが、私の時代はほぼ毎日参加。小学校高学年になると、列の前に立ってみんなの手本として体操をすることになっていた。そのお手本となる小学生の人気によって誰の列に並ぶかなど、そんな暗黙のルールがあったとは思わないのだけれど、自分が4年生の頃、なんとなく並びたい上級生の前に並んだ記憶があった。そして次の年、自分が前で体操をする番になった時、自分の前に下級生があまり並ばなかったという光景をいつも思い出す。なんだろう。そんなに傷ついたわけでもないと思うのだが、あれから何十年も経っているのに、なぜだかラジオ体操の曲を聞くたびに思い出すのだ。当時の公園の様子。私を含む昭和の子供たちの姿。私の前に列がないのに、お手本として体操をする私を客観視していた自分のこと。

もう一つは、中学生の時の体育のY先生。

当時の生徒から見ると、すでにおばあちゃんに見えたのだけれど、ラジオ体操の基本の正しい動きを徹底的に教えてくれた。おかげで、私はかなり正確にラジオ体操ができる。そしてきちんとすれば、かなりの運動量になる素晴らしい体操であると知っている。

最近、毎朝PCを立ち上げてYouTubeでテレビ体操(ラジオ体操をテレビでやるやつ)のお姉さんの動きに合わせてやっているのだが、第2までやるといい年のせいか、テンポについていくのがやっとの時がある。それでも一生懸命正しく体を動かすことに努めながらテンポにもついていくと、じんわり体が熱くなる。

 

毎朝、ラジオ体操の曲が始まったとたん、夏休みの小学生の自分を一瞬思い出し、するりとその影をのりこえて、ラジオ体操のテンポと動きを全うした後、一応シャキっとした気分になって仕事をスタートできている。

Y先生、ラジオ体操をきちんと教えてくださってありがとうございました。