はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

コロナ禍がもたらすもの(プラス思考で)

2か月ぶりにオフィスに行った。電車に乗ったのも2か月ぶりだ。

時差通勤で昼過ぎに電車に乗ったが、同じく時差通勤の会社員や時差通学の高校生がいて、ソーシャルディスタンスをやっと確保できた感じ。帰りの夕方ににおいてはディスタンス確保は難しかったが、体が触れることはなかった。

コロナに感染するな、感染させるな、そうは思うが経済も回さないと別の不幸がどんどん大きくなってくる。皆がそんな思いなのだろう。駅のホームでも感覚を開けて、座席も1つおきにといった努力が見られる。

虎ノ門に着いたら、2か月前に建設中だった高層ビルがほぼ完成していた。そしてエレベータの中には、壁を向いて立つよう、ステップのシール。都会を歩く先々で”ウィズ・コロナ”を感じつつ、ふと思ったことがあった。

それは、今回のコロナ渦を経験して、日本の社会全体としては少し成長したのではないかということ。

・医療従事者を始め、宅配や小売りの人への感謝

・感染させないという他人への配慮、そのためのソーシャルディスタンスと、列が長くなっても待つことができる忍耐。

もう少し詳しく言うと、例えば通勤電車に何がなんでも乗ろうとする輩が今はいないのではないか。(そもそも時差出勤のため決まった時間に到着しなくてもいいからかもしれないが)少し鷹揚な心持ちになろうと、暗黙の努力をしているおかげで、押し合いもなければ、電車の中で虫の居所が悪い人同士の言い合いみたいなものも聞かずに済む。

・”自粛警察”なるもや、医療従事者への偏見など、自身と自分の周りだけを守ろうと過剰に防衛する人の心ない行動も聞いたけれど、大半の人はそれを聞いて悲しいと思っただろし、怒りさえ感じたであろう。大半の人が正しい判断ができること。

・先日のブルーインパルスの激励飛行や、全国一斉に上がった花火など、批判を恐れず良いと思ったことを粛々と準備しスピーディにやったこと。(何をするにも批判は伴うもので、批判を恐れていては何もできないと思う)

もちろん、公立学校での教育現場の対応の遅さやおととい届いたアベノマスクなど
、がっかりすることもあったけど、今回ほど、一人ひとりの心持ちと行動が試された災害もないのではないか。そういう意味で、多くの一人ひとりが、自分だけのことだけでなく、周りや社会のことを考えるきっかけになったのではないか。

 

久しぶりに家を出て、数時間会社にいて同僚と顔を合わせて会話ができた、それだけで気分が上がった自分に、なんて単純なの?と思いながら、”蜜”で忙しない都会の、悪気のない人々が(自分も含め)少し優しくなったのではないかと、コロナ禍のもたらしたもの(まだ過去ではないけれど)を感じた1日だった。

f:id:xuse:20200603230952j:plain

エレベータの中のフットプリント