この前の感想を書いた後、原作「火花」を読んだおかげですっかり全編視聴した気分になり、5~9話までサクサクと観た後、引退ライブの漫才で始まる10話がなかなか視聴できなかった。
10話、引退漫才では好井の目が最初から赤くて、観ているこちらも涙で画面がかすむ。本当に見ている観客みんな号泣だったんだろうな、と思う。
8、9話は、徳永(遣都)や山下(吉井)、神谷(浪岡)のアップが多用されていると感じた。彼らのつらかったり、悔しかったり、感謝だったりが入り混じった複雑な心情が顔のアップの1カットで語られる。その長回しに耐えられる俳優たちの演技。今まで、林遣都と好井まさおが注目されることが多かったように思うが、何度も観るうちに、浪岡一喜(=神谷にしか見えない)もすごいなあと改めて思った。
原作を読んだから一層認識できたのかもしれないけれど、神谷の”純粋”はどこまでも純度が高く、それは人を不幸に陥れるほどまで。そして彼の優しさは海よりも深く、人に(それが一時のものかもしれないが)安らぎを与えるのだ。それを浪岡の、子どもみたいにふてくされた表情や、柔らかい口調が雄弁に物語ってくれていた。浪岡一喜ってすごい。
ラストの徳永、林遣都のアップは本当に美しい。
芸人を辞めて社会人として生活しながら、漫才の天才のなれの果ての姿を愛おしく眺める徳永の清清とした表情。イケメン遣都がこのドラマで初めて拝めたと思った。何せこのドラマの遣都は、売れない芸人として無精ひげでボサボサ頭、肌荒れも目立っていて、どう見てもイケメンからほど遠かったのだ。
そのアップにかぶさるモノローグ。「生きているだけでバッドエンドはない。」
沁みるーー。夢を追う人だけでなく、すべての人に当てはまると思う、この言葉。
「火花」から外れてしまうけど、バッドエンドを選択した三浦春馬に言ってやりたかったよ、この言葉。
このドラマは私にとって、現時点での林遣都の代表作だと思う。作品の完成度も素晴らしく、音楽も素晴らしく、俳優陣も本当に素晴らしい。私にとって忘れらない作品だ。