我が娘の話だ。
少し前だが、彼女は遅刻して学校に向かっていた。雨の中傘をさし、好きな音楽をイヤホンなしで聴きながら歩いていたそうだ。
校門の手前まで来た時、ふと振り替えったら、すぐ後ろに男がいてスマホを彼女のスカートの中に入れていたというのだ。
一瞬、両者見つめ合い固まったそうだ。
相手もまさか相手が振り替えるとは思わなかったのだろうが、2秒後には踵を返して走り去った。
その背中に娘は「お前、殺す!」と叫んだそうだ。
雨のその日、髪はうねり、眉毛も描いていない娘は、たぶん羅生門で死人に追い剥ぎを働いているおばばくらい迫力があったに違いない。雨の中傘もささずに女子高生のスカートを追いかけていた盗撮犯に、こんなオレ(高校生になって娘の一人称はもっぱらオレ)で同情するよと娘は武勇伝を語るがごとく言った。
顛末を聞いた私は、乱暴をされなくて良かったと思った。雨が降っていたせいで追いかけなかったと言ったが、それも良かった。そして、よくその暴言をすぐ浴びせることができたなあ、と笑いながらも感心した。(私にはできん)
娘は気が強い。
小さい頃は、自分の考えをハッキリ言えないのかなと感じたことがあるほど、おとなしい子だった。しかし、高校生になってから、周りの気の強い友だちの影響もあるのか、自分の意見をハッキリ言うようになった。
一方私は、小さい頃すぐメソメソ泣く子供だった。優柔不断なところもあり、自分を意思の弱い人間だと感じたことは一度や二度ではない。
娘が生まれた時、子供には強い人間になって欲しいと思った。強い意志、強い精神力があれば、弱い人が近くにいた時、助けることができるかもしれないという願いもあった。
ある意味、私の願ったように娘は強い人間に(今のところ)育った。ちょっと私の思う方向性とは違うかもしれないが、とても意志がはっきりしていて、高校選択、高校卒業後の進路もさっさと自分で決めた。
今の彼女は、何でもできる!と思っている。まだ社会や現実の厳しさを身をもって体験していない。今は最強だ。
やりたいことを真っ直ぐにやらず、常に保険をかけて中途半端にやってきた若かりし頃の自分を思うと、娘のことを少し眩しく感じる。この先、誰もが経験するであろう挫折や困難な時期が、たとえ想像されたとしても。