もともと黒木華という俳優が好きだ。
美人とは言えないかもしれないけれど、ふわふわした表情も、キリっとした表情も、芯の強さを感じられるのがいい。そして、笑いのシーンでの絶妙な間も上手い。
江戸末期、武家育ちだが父親(佐藤浩市)と貧乏長屋で暮らしているおきく(黒木華)は、雨の日に出会った若者、中次(寛一郎)に恋をする。
程なく中次は下肥(しもごえ=人の糞尿)を売買する”おわいや”(汚穢屋)の矢亮(池松壮亮)の弟分になって、おきくの住む長屋の下肥を回収、買取りに来るようになり・・。
勝気で一途な娘おきくと、若者らしい向上心はあるけれど口下手な中次、二人の恋を邪魔するものは何もない。あるとすればとんでもない貧乏と身分の違いだが、江戸末期、貧乏長屋に住む元武家の娘と”おわいや”の間では、その壁もそう高くはなかった。
1時間半の中、モノクロの画面で映される雨、長屋の朝、舟が浮かぶ川・・。
風情ある江戸の景色と同じくらい、矢亮・中次の二人組が便所の脇で下肥となる糞尿をすくって桶に入れるシーンが繰り返し映される。モノクロでないと見世物として成立しないなあ、と臭いまで想像しそうなのをシャットアウトしたくらいだ。
時代劇で描かれるのは、歴史絵巻や武士の矜持、身分差ゆえの悲恋、商人のしたたかさだったりするけれど、本作はそのどれでもない。下肥を売買する仕事を題材にすることで、江戸時代の循環型社会を提示する意図もあったらしい。
3人の若者を含め、長屋の住人も皆貧しくて、常に腹は減り、冬の寒さは堪えて、足はしもやけて・・・しかし、妙な明るさがある。己の境遇をさっさと諦め、皆生きることに貪欲だ。そして、若者の恋する気持ちは体を熱くする。
間違いなく青春映画だった。
クソまみれの池松壮亮は、もはや”やけくそ”の域に達していた。
おきくが文字を教える寺の和尚役に真木蔵人。
私の中で真木蔵人の記憶は「あの夏、いちばん静かな海。」(1991年、古すぎ!!)以来だったが、年齢を経てとてもいい味を出していた。高邁さとはかけ離れているが、人情に厚く滑稽で憎めない人物であることが短い登場シーンで十分伝わった。
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