母の初盆には、グループホームにいる父を家に連れ帰り、一緒にお経をあげようと考えていた。
しかし、父は6月に脳梗塞を発症し、緊急病院→嚥下のためのリハビリ病院へ入院したため、それは叶わなかった。
脳出血で一気に進んだ認知症に加え、左半身に麻痺が残った父だが、何よりも嚥下機能が低下し食事を口から摂れないことが深刻だった。
というのも、父は以前より胃ろうなどの延命治療をしないと宣言していたので、口から食べられない=数か月後には亡くなるということを意味する。
なんとか口から物を食べられるよう嚥下リハビリに評判のよい病院を選び転院させてもらったところ、父はミキサーでどろどろにした食事を口から摂れるようになった。入院した頃は話す言葉が聞き取れなかったけれど、1か月も過ぎると簡単な会話がなんとか成立するまでになった。
ただ、痰の吸引回数だけは減らなかった。これも病院スタッフ曰く、病院だから少しでもゴロゴロしていたら痰吸引をするらしい。グループホームが連携している医院の休診日はどうするかという問題が最後まで残ったまま、父はお盆休み明けにホームに戻ることになった。
初盆は、姉妹で母を迎えようと計画していたが、お盆明けの退院に姉が付き添うことになったので、私が初盆の準備をすることになった。
13日に実家に戻り、すぐに父の病院に面会に行き、買い物、灯篭や蓮の灯、祭壇を準備、花や茄子や胡瓜の牛馬を作って飾ったら夜の10時を過ぎていた。
お母さんは家に戻って、座敷で私が奮闘しているところを見てくれているだろうか、そんなことを思いながら線香をあげまし、おりんを鳴らした。
翌朝は、母方の兄妹の叔父と叔母がお経をあげにきてくれた。
3人でお経をあげ、母をしのんだ。
2日後には、お寺から案内のあった灯篭流しに姉が参加し、母の戒名を書いた灯篭を川に流しに行った。後で動画を送ってもらったが、とても厳かだった。姉は、流れていく灯篭を見送りながら、お母さんが遠いところに行ってしまうんだなあと感じたと言った。
私は、実家を後にする時、祭壇に手を合わせて母に「お父さんを連れて行くのは、もう少し待ってね」と心の中で祈った。その時、私の頭の中で母が小さく頷いて背を向けて向こうへ行く姿が見えた。確かに見えた。
グループホームに帰って5日目、今日電話をしてみたら、スタッフが明るい声で、「思ったよりしっかり食べるし、良くしゃべりますよ」と父の様子を話してくれた。
今年の1月末からお世話になっているグループホーム。
やっと慣れた頃、入院で離れることとなり、スタッフの顔も忘れてしまったと言っていた父。より手がかかるようになっての再入所だが、スタッフさんに全介助してもらいながら、病院とは違う”終の棲家”と決めたところで、少しでも楽しい気分で過ごしてもらえたら思う。ホームのスタッフには、本当に感謝している。