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はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

実家の留守番電話に残されたメッセージ:備忘録

週末帰省して、点滅している留守番電話を聞いたら、謎のNTTをかたる、何とかのサービスを受けられなくなります・・といった(たぶん)詐欺メッセージが数件残されていた。
それらは放置するとして、それまでずっと残っていた数年前のメッセージがすべて消えていてショックだった。実はその消えたメッセージの中に、ずっと消せずに残しておいたものがあったのだ。
ひとつは、父の兄嫁(私からすれば伯母)からのメッセージ。
父の兄夫婦は情の深い人たちで、養子に出された弟(父)のことをいつも気にかけてくれていた。伯母のメッセージは、父が入院した頃のものなのだろうか、電話にでない父に対して一生懸命呼びかけたものだった。
いくつも残された伯母のメッセージの後(時系列ではそれ以前)に、突然私の声が出てくる。留守電に残したものではなく、父がボタンを押し間違えたのか、父との短い会話だった。
母の認知機能が衰え始めた2016年頃から、私は両親に毎日夕方短い電話をかけていたが、その電話は母が入院して父一人で家にいたころのものだった。
「お父さん、元気?安否確認の電話だよ」といつも私の言葉に続いて、父の「うん、うん、大丈夫」といった短い受け答え。いつも電話は1分か2分で終わる。毎日同じ会話プラス時々季節の話題。父は面倒くさがって会話の途中でガチャンと切ることもあった。それでも毎日かけた。面倒くさがっていたくせに、時間をだいたい決めていたこともあり、父は電話をほぼ毎日取った。

留守番電話のメッセージには、あの時の父の声が入っていた。

あの頃は月1回の帰省で、激しく汚れた水回りの掃除と、父に少しでも栄養のあるものをと、得意でない料理をがんばっていた。
父は老人の一人暮らしのわりにモノを片付け、経年劣化は仕方ないにしても、家をそれなりに保っていたと思う。
父が施設に入ってからは、姉と二人で掃除をし、私たちが毎月帰りゆっくりできるよう実家を快適にした。父に面会に帰る度、家や庭木や雑草に心を砕くのは、父が守ってきた家を少しでもきれいに保ちたいと思うからだ。

台所の食器やテーブル、本棚に父母の晩年の暮らしぶりを見て、自分が老いを迎えることに対して、少しだけ心が柔らかくなる。

留守番電話の父の声は消えてしまったけれど、ここに書いたのできっと当時の父とのやり取りを思い出すことができると思う。(ブログは私のためのものなのだ)

写真は、玄関に生けた庭のキンカン。

2枚目は、玄関に通じる廊下。去年の初夏に撮ったものだが、暖簾が”ザ・昭和”って感じで悪くない。夕暮れなのか朝なのか忘れたけれど、外がブルーにぼんやり光っているのもなんかいい。

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オマケ:エモの押し売りw

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