< script data-ad-client="ca-pub-5086079268044038" async src="https://pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js">

はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

母の介護認定日

いきなり物騒な話だが、昨日父が「(老々介護していて)心中する人らの気持ちがわかる。お前らがいるからできんけど」と電話越しに言った。

最近、自分の体力もなくなってきているせいで時々気弱な発言をする父だが、たぶんまた母のトイレでうまく対処できず落ち込んだのだと思う。

 

前々回帰省した時の、父の沈んだ後ろ姿が目に浮かぶ。全部開け放たれた窓。暖かい秋の日だったけど、さすがに夕方に近づくと寒くなり、窓を閉めて気づいた臭い。父にトイレ用洗剤を渡したらあっけなくスッキリした。私が手袋を出してやる前に父がカーペットをタワシで擦っていた。

 

昨日の電話の発言は、また失敗して大変だったという話。オムツ換えの時だけでもヘルパーさんに来てもらえば、と言っても、自分が動ける間は断固頼まないという。その頑なさは、これまでいろんな方向から懐柔したり、きつく言ったりしてきたがずっと変わらない。

挙句に(娘の私達が)遠くにいたら、何の助けにもならない。と久しぶりに恨み節が出た。

確かにそうだ。月1回帰省して、掃除して食事を作るくらいでは何の助けにもなっていない。

だからこそデイサービスが休みの時は、ショートステイも考えてみればと押し問答してみたが、人の助けは借らんと、とりつくしまがない。電話で言い合ってもらちが明かないと話題を変えたら、30秒後には父は悪態をついたことも忘れていた。

 

電話を切った後"心中"という言葉が頭から離れず、もう一度電話しようと思ったが、もう寝ている時間だったりで、電話にでないとまた不安になるし、今どうにもならないことをくよくよ考えまいと念じた。(翌朝、電話でしたらいつもの父だった。)

 

毎回帰る度に衰えていく両親を確認するだけで、少しでも二人のQLを向上する手だても講じることが出来ず帰途につく。時間の遣り繰りをして、夫と娘に少しだけ不自由をかけて、私のしていることは意味があるのかなと思う。

どんよりしながら郷里の駅に降り立ち、バスに乗ったら、今日は運賃無料の日だった。(「路線バス運賃無料DAY」だって!初めて遭遇した)

実家に運んでくれるバスが応援してくれているみたいだ。母の介護認定で帰省した今日、一頑張りしてこようと思う。