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はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

「スカーレット」-13

ええシーンでした。

八郎(松下洸平)と、武志(伊藤健太郎)の父子のシーン。伊藤健太郎と松下洸平の男の涙が、(男の泣きの演技をあまり歓迎しない私でも)すごくすごく染みた。

息子の武志は、仲のいい両親だと思っていた。父は地元では名の知れた陶芸作家で、母も父を手伝って二人で工房を切り盛りしている。― それがいつの間にか父は家を出ていき、最初は時々帰って来て遊んでくれたけど、知らないうちに離婚していて、父の足は遠退いていった。会いたい、聞いて欲しいこと、聞きたいこと、山のように積み重なり、父を心の中で求めながら、母親(喜美子=戸田恵梨香)の陶芸家としての成功を見守ってきた、武志。

喜美子の成功の影には、子供の我慢や夫、八郎との別れという犠牲があった。

少し前までの展開ては、喜美子がその事を思いしるシーンがたたみかけるように繰り返されたように思う。「喜美子は、一人になりました」というナレーションが、何度となくあった。

別に誰が悪いとかではない。"才能"の周りにはそれを享受するもの、それを避けるように去るものが必ず存在するということ。物事には光りと影があるということだが、光が強ければ強いほど、影はよりはっきりと黒く映るというものだ。

今回の朝ドラは、一人の女性が様々な苦労を乗り越え成功する展開の中で、失ったものをへのフォーカスがひときわ立っているような気がする。見ていて 次どうなる?と期待感はあるけど、少し"ずん"と腹の底に落ちる重さがある。

というわけで、来週は箸休め(?)。大野信作(林遣都)と百合子(福田麻由子)夫婦の、チャカチャカした微笑ましい夫婦の有り様が描かれるみたいです。