最終回、川口春奈演じる紬は、母親、友人たちからことあるごとに「いってらっしゃい」と送り出された。
「いってらっしゃい」
この言葉は、紬と想(目黒蓮)、二人の再出発を応援する言葉に他ならない。出会って別れて、また出会って ― 成長した紬と、障がいを受け入れてなお前向きに新しい人生を歩みだそうとする想の門出で物語は閉じた。
それにしても本作、特別大きな事件や展開があったわけではない。主人公の周りの人々が心温かい、いささか過ぎるほど。そこにファンタジーがあるくらいだ。
生まれつき聞こえない人、途中から聞こえなくなった人、それぞれを取り巻く人々の目線や思いを丁寧に描き、そこに感情移入した人も多かったのではないか。特に、途中から聞こえなくなった想の母親や姉妹の思いなどは、自分でも同じように感じるだろうなと思った。
想を愛することで、強い女性になっていく紬の一方で、想一人がメソメソとして煮えきらず、しかも慕われていた奈々(夏帆)への態度も何だか冷たくて、どうよ?と思ったこともあった。想にしてみれば、気遣ってほしくないから、またある意味誠実だからこそそういう態度だったのだろうけど。でも、確かに徐々に聞こえなくなる、思い描いていた学生生活でなくなっていく恐怖と孤独は、二十歳前の青年が越えるには厳しい現実に違いない。その部分も視聴者が想像できるよう、回想シーンで描いてくれた。
ろう者と聴者がコミュニケーションする上で、日常起こりうるであろう出来事と登場人物たちの感情の機敏を丁寧に描くことで、彼らは私たちの身近な人になったのだと思う。
そして最後にキーワードの「言葉」。
コミュニケーションの手段が声だろうが手話だろうが、私たちは言葉を介して思いを伝える。その"伝える"、"伝えたい"という思い、一点があれば手段はあまり大きな問題ではないということ。
想がこだわった音楽、自分の声、紬の声、それらは大切なものだったけれど、たとえそれらを失ったとしても、そこに伝えたい思いがある、伝えたい人がいる、そこに言葉の存在意味があるのではないか。
終わってみれば、ラブストーリーの要素があまりなかった。しかし、物足りない気がせず、なんだ優しい、ハッピーな気持ちで最終回を見終えた。
髭男(Official髭男dism)の「Subtitle」が、毎回ラストに絶妙のタイミングで流れ、激しくハマっていたのも良かった。
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