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はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

Friends Forever:お花見に思う

今年の桜の開花は早かったが、久しぶりにお花見らしいお花見ができた。

友人と2人で上野公園へ出かけ、久しぶりの宴会ではしゃぐ花見客に交じり、お弁当を食べたのだ。

私が2人分用意したのは、おにぎりにウィンナー、キュウリの塩漬けを添えただけの超簡単な手抜き弁当。(午前中はWBCのメキシコ戦を見なきゃね、と言い訳しつつ)
一方ドリンク担当の彼女は、ちゃんと花見らしくお茶のほかにドリップコーヒーや生菓子まで用意してきてくれた。女の子のお母さんらしく、彼女がアソートした2人分のお菓子パックも微笑ましかった。
それぞれが持参した小さなビニールシートは、荷物置き場と2人が体育座りができるちょうどいい大きさ。おにぎりをつまみ、コーヒーをすすりながら、いつものようにさんざんおしゃべりして、すごく楽しいひと時だった。


高校時代、部活が同じだった彼女とは、6年前に彼女が単身東京で働き始めてからぐっと距離が縮まった。彼女は下のお子さんが大学を卒業したタイミング、私は長年続けた正社員を辞め、彼女のように派遣社員として働き始めた時期だった。

派遣社員、仕事のモチベーションが高いという共通点のほか、子育ての先輩としていろいろ話を聞いてもらい、アドバイスをもらえた。仕事のモチベーションが下がりそうになったら「どうしてるかな?」と連絡をとった。
近年は同郷にいる老いた親のことも共通の話題となり、本当に話がつきない。コロナ禍以降は在宅ワークになり、会社の同僚とも仕事以外の会話がほとんどないこともあり、たまにでも彼女と話せることは、私にとって本当にありがたいことだった。彼女がいなかったら、私の6年間はもっと精神的にキツかったと思う。

 

帰宅し、彼女が持たせてくれたお菓子パックのラッピングに目がいった。

 

 THANKS FOR BEING YOU

I’m blessed to have you in my life

 

ん? これ、今私が彼女に対して抱いている想いと全く同じじゃん。

彼女は、このコピーが書かれていたから、このラッピングを選んだのだろうか?驚きと嬉しさとで、一瞬LINEしてその思いを伝えようかと思ったが、やめにした。この手のラッピング素材にありがちなコピーが、たまたまこれだったのかもしれないし、彼女の私に対する思いを確認する必要なんて今更ないような気がしたからだ。

私が、そう思っている。

それだけでオッケーだ。

それにしても、ちょうど思っていたことが、こうして言葉にして(英語だけど)目の前に供されたことに驚いたし、うれしかった。

お花見したその日は、本当に良い一日になった。

 

ちみなみ、タイトルの「Friends Forever」とは、同じく高校の部活仲間でカナダで暮らしている友人がいて、彼女がアメリカの大学に留学している時に遊びに行き、もらったキーホルダーに書かれている言葉。なかなかベタで、ちょっと気恥ずかしくなるようなプレゼントだったけれど、今も大切に持っている。

友達は、お互いのライフステージで親密さが変わってくるものだと、この歳になってわかってきた。それぞれの時代で、寄り添い、語り合った彼女たちは、いつまでも私にとって大切な人たちだ。


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