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はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

「切手のないおくりもの」‐ 2: 母の緊急入院

母が救急搬送された。

2週間前に、父の米寿を姉妹で祝った時、3年ぶりくらいに母に食卓についてもらい、家族4人で乾杯したばかりだった。
母は私たちが乾杯したら、自分も飲むと言って自らグラスを口にもっていった。(母は要介護5なのだけれど!)

ベッドではなかなか進まなかった食事だけど、その日はゆっくりながら柔らかく煮たものを一生懸命自ら食べていた。表情の乏しくなった母が喜んでいるのかわからなかったけれど、父はものすごく喜んでいた。姉とあれこれ相談して、ささやかだけれどお祝いができて良かったと思った。

私が実家を出る時、いつも母はベッドを起こして、窓越しに手を降る私に手を振ってくれていたのが、その時は初めて寝たままだった。その姿がずっと私の頭に残っていた。
最近では毎月帰省する度に、母が弱っている気がしている。

 

自宅で仕事を開始した朝、救急搬送されたという連絡を受けた。病院にいる父と話したら、大丈夫だ、と言う。大きな病院で処置されていると聞くと一命は取り留めた、確かに大丈夫と思ってしまう。しかし、次の救命医からの延命措置をするかどうかの確認の電話で一変した。

父や姉や病院に電話しながら、仕事の引き継ぎをし、急ぎ帰省の準備をした。

 

夕方4時には病院に着いた。

医療ドラマみたいに、血圧などが表示されモニターのあるベッドに酸素マスクをした母がいた。目を閉じたまま、ほとんど反応しなかった。一度だけ、小さくうなずいた気がしたのは気のせいだったか。

翌日面会に行ったら、意識が戻って目も開いていた。そして話すことができた。母は小さい声で「ごめん」と言った。こんな状況でも姉妹二人が遠方から駆け付けたことに対して、申し訳ないと思っているのだろうか。こちらの言うことはほぼ理解できているようだった。

「切手のないおくりもの」― これを聴いてもらわないといかん。きっと母はこの状態よりはよくなる、このまま逝ってしまうことはないと思ったけれど、意識があるときに聴いてほしかった。

顔を近づけて小さい声で、手でリズムをとってなるべく明るく歌った。歌い終わったら、母は管がつながれた手を動かし拍手をするしぐさをした。2つ目のフレーズ、私が最も伝えたい感謝のフレーズ「年老いたあなたへ」で母が目をぎゅっとしたので、思わず泪声になってしまったが、こんなところで泣くもんかと、最期まで(もちろん「別れゆくあなたへ」は飛ばして)泣かずに歌えた。練習の成果あり。なんて言ったって、母から拍手をもらったのだから。

あの歌が突然私に降ってきたのは、この時のためだったのかしらん。

3日目の面会については、次回書くことにする。