前回の「ソロ焚火」は、良かったなあ。(いや、毎回いいんだけれどね)
燃える火を見つめるということが贅沢な時間だと改めてわかった。
そして自分が小学生の頃、燃える火を見ることが好きで、実際よく見ていたことを思い出した。
何を隠そう、岡山の実家は改築する以前、五右衛門風呂だった。兼業農家だったこともあり、風呂の焚き口は土間にあり、その土間に台所があった。母が夕食を作る時間帯に、小学生の私は風呂焚きの手伝いをよくしていた。記憶にある限り、強いられたわけではなく、空気が通るように薪を組み、火をつけ少しずつ燃えていく様を見ているのが好きだったのだ。今でもその焚口の薪が燃える様が目に浮かぶ。
風呂焚きだけでなく、ヘビースモーカーだった祖父の煙草盆でマッチ棒を燃やして炎を見つめることもあった。
実家を出てから、燃える火を見つめることはめっきり減った。そしてそのことに慣れた。
私の炎好きの片鱗は、仏壇を見たら蝋燭をつけて線香を供え、チーンとならして拝む習慣に残っている。
今はどこにでも仏壇があるわけではないが、毎月実家に帰った時、あるいは夫の実家に行った時。これは母が仕込んでくれた私の習慣、”to do"の一つだ。
神様も仏様もそんなに熱心に信心しているわけではないが、ご先祖様には手を合わせて今の自分とその周辺(主に家族)への加護を祈るという、都合のいい母伝授の習わしというわけだ。
揺れる炎は、結構長い時間見続けられるものだ。今思うと幼い頃、昭和の時代、私は岡山というところで、結構豊な時間を過ごしていたのだなあと、ほかの思い出も伴って思った。
「ソロ活女子のススメ」を見ていると、五月女恵(江口のりこ)と一緒に、忘れていた豊な時間や日常に潜む小さな気づきに心がホクっとする。
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