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はやし蜜豆の犬も歩けば棒に当たる、

好きな俳優の作品を集中して観るのが好き。その記録や映画の感想、日常気になる現象をぼそぼそ綴っていきます。

「役者道~渡辺謙があなたに語る仕事と人生~」(2023年 WOWOW ドキュメンタリー)

全4回にわたる、渡辺謙が一人登場して語る役者人生。

1回、2回、3、4回は一気に見た。カメラとその向こうにいる聞き手に向かって話すケン・ワタナベ。見ている(聞いている)うちに、まるでサシで話しているような錯覚に陥り、居住まいを正して彼の話を真剣に聞く自分がいた。

そして、4回目を見終わった後、なぜか体の芯が熱くなっていた。不思議な体験だった。

 

演技する=役を生きることについて、「己の体をその役に貸す」というように表現していた。「俳優のノート」で山崎努も同じようなことを書いていたのを思い出す。
どれだけの役と向かい、己と戦い、一緒にその役と生きたら、その境地にたどり着くのか、図り得ない。

”役作り”というのも難しい作業だし、演技に正解はないとも。

印象に残ったのは、勝新太郎と共演し(NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」)で、いたく感銘を受け、彼ともう一度共演をしたくて俳優を続ける決意ができたと言っていたこと。
私が持っている勝新太郎のイメージは、豪快、やんちゃ、座頭市、真剣で死者、、そして中村玉緒の旦那ということくらいで、出演作品で覚えているものがほぼない。
あまりいいイメージはなかったのだが、Wikiってみると、唯一無二のとんでもない豪傑俳優であったことがわかる。確かに、勝新太郎に限らず、昔の俳優の中には、豪傑伝説を持った人がたくさんいたよね。でもやんちゃにも、豪快にも、それぞれ信念があったようだ。勝新太郎のそれも、畏敬に値するものだったのかもしれない。

渡辺謙が役者で行くと決めたのは、そんな古き時代が終焉を迎える始まりの頃だったのだ。

ドキュメンタリーの終盤では、今の世の”コンプライアンス”についても大いに語っていた。確かに一理ある。なんでもきれいな部分を強調して描こうとする。そういう作品が、ヒットする。もっと汚い部分、人間の持つ負を描いて投げただけのものがあってもいいだろう。つまり受け取り方までは教えず、それは観る側が考えるということだ。ある意味、考えれば答えがでるような、わかりやすい作品が増えたのかもしれない。

 

ドキュメンタリーなのだから、台本はないだろう。彼自身の考えを彼自身の言葉で話しているが、話は非常にわかりやすかった。聴いているだけでも、彼が思慮深く頭の回転の速い人であることがわかる。

そして、勝慎太郎にしびれ、ハリウッドの洗礼を受け、もがきながら今なお、役者道を追求している渡辺謙の俳優人生を垣間見て、話に登場した「Fukushima 50」「沈まぬ太陽」はmust seeだなあと思った。

Fukushima 50

Fukushima 50

  • 佐藤浩市
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