坂元裕二の脚本が秀逸。
前半にちりばめた伏線を、視点を変えて回収したのが見事だった。
最初いじめを受けている小学生の湊(黒川想矢)とその母親(安藤サクラ)の闘いかと思ったが、話は全く違う方向に展開した。
それにしても、問題をなるべく穏便に片付けようとする学校側と母親のやりとりは、もはやギャグかと思わせるほど滑稽だった。そして振り返って考えれば、きっと日本全国この十数年できっと本当に、これとそっくりのやりとりが教育の現場で起こっていたに違いないことに気づく。
シングルマザーで子育てをしている母親(安藤サクラ)の、息子への優しさ、期待、少し過保護に感じるところはあったが責められるほどとは思えず、当たり前の母親の愛情だと思った。ゆえに学校への抗議も当たり前だと思う。なにがモンスターペアレントだ。
しかし同時に、母親として許される(と私は思う)範囲の声掛けや、子どもへの期待の言葉が子どもを追い詰めていることに胸が苦しくなった。
"怪物"とは、小学生二人が遊んでいた"かいぶつだーれだ?"という遊びからとっているようだが、怪物は誰なのかということではないと思う。人それぞれ皆の頭の中にそれは潜んでいるのだ。
慈愛に満ちた母親にも、生徒思いの教師にも。そして5年生の少年にも。
皆が”怪物”を抱えて生きる世界で、唯一救いだったのが、永山瑛太演じる保利先生が、最後に少年2人の関係性に気づけたことだ。
本作でも瑛太は子供にはめられ、学校には切り捨てられ、恋人にも逃げられると言う散々な役回りで、この俳優ならではの闇落ちしそうな不穏な空気をまとって登場したのだけれど、この教師の中の”善”の部分に私は救われた。
恋人の苦境をあっさり見限って去っていく保利の彼女に高畑充希。(クソ女を演る高畑充希が結構好きです)
息子を虐待している父親に中村獅童。
終始無表情、全ての出来事を諦観しているかのような校長先生に田中裕子。
湊役の黒川想太と依里役の柊木陽太は、難しい役だったと思うけれど、素晴らしかった。是枝監督が撮る子どもの姿は、いつも大人を裏切る、それこそ”怪物”を心の奥に隠している。
孤独な二人の少年が心で互いを求めあう様が切なくて美しい。二人が無邪気に遊ぶシーンで流れる坂本龍一の音楽が優しくて清くて、心に染みた。
”教授”の最後の映画音楽となった。
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